世界最古の現存する木造建築群と言われる法隆寺。
推古天皇と聖徳太子によって607年に建立されたとされる世界文化遺産です。
1300年以上もの間、倒れず朽ちず建ち続ける荘厳な木造建築。それを支える木材と建築技術を紹介します。
法隆寺は何の木材で造られているか、ご存知ですか?
それが、木材の中でも最強レベルの耐久性を誇る「ヒノキ」です。
宮殿、神社仏閣に三宝 継承すべきものに檜が使われる理由
優れた耐久性だけでなく、木肌の美しさや芳しい香りなど、檜(ヒノキ)は古くから日本で愛されてきました。
日本書紀にも「スギ・クスノキは舟に、ヒノキは宮殿に、マキは棺に使いなさい」という記述があるように、古来から建設用として最適で最高の材であると知られています。
法隆寺が創建されたのは607年とされていますが、670年に落雷による火災で焼失し、689年に再建されたとの説が有力です。
その後も、特に13世紀、17世紀初頭、17世紀末には大規模な修理が行われたそうです。
近代では、1934~1985年にかけて「昭和の大修理」が行われました。
この大修理は、堂や塔をいったん解体し、傷んだものに然るべき修繕をしたり、差し替えて再度組み立て直すという大規模なもの。
修理にあたった宮大工が驚いたのは、1200年以上前の木材が使われているにもかかわらず、解体しカンナをかけると、ほとんどの木材は木の香りが漂うほど良好な状態だったことだそうです。新たに取り替えたのは、雨風に直接さらされる部分や基礎などの末端部分など、ごく一部でした。
これはもちろん、当時の宮大工たちの高度な技術と知恵が成せる技だったことは間違い無いですが、ヒノキの優れた耐久性も相当だと感じられます。
ある調査によると、法隆寺に使用されている木材の伐採時期は西暦650~690年代のものが多いそうです。
それが今の時代まで威風堂々と存在し続けていることに驚きと感動の念を覚えます。
法隆寺のほか、伊勢神宮の遷宮でも建材として使われるなど、時を越え継承すべきものにヒノキが使われる理由は、その特性にあります。
ヒノキの特性
見た目の美しさ
触り心地がよく、木目も美しい。高級感にあふれ、光沢もよいため、長年使用すると経年変化によって艶や深みも出てきます。
均一で滑らかな木肌をしているため、建築用だけでなく、風呂やお櫃、曲げわっぱ、神棚や神具など様々な用途に使われています。
耐久性
ヒノキは、伐採されてから長い時間を掛けて強度を増していくという驚きの特性を持っています。
なんと、伐採されてから200年は強くなる一方なのです!耐久性や強度、美しさでも他の樹種に類を見ない特性を持つ檜。鉄やコンクリートでもこれほどの強度は維持できないと言われています。スギやマツなど木造住宅の構造材に用いられる一般的な樹種と比較しても、収縮率や強度のバラつきが無く、建物全体の品質を高く維持できるのです。
伐採されてから200年くらいまでは強度が増し、その後はゆるやかに弱くなっていくものの、1200年が経過しても伐採時の強度を維持したまま。檜は耐久性・保存性において世界最高レベルの木材だということが分かります。
抗菌・防虫効果
木材の天敵は、カビなどの菌や、ダニ・シロアリといった害虫。
木材を腐らせる腐朽菌(ふきゅうきん)は、木材の主成分であるセルロース・ヘミセルロース・リグニンを分解し、繁殖すればするほど木材は腐り、建物の強度は低下してしまいます。
ヒノキに含まれるαカジノールという成分からは、これらの菌の繁殖を抑える効果があります。
また、ヒノキの芯にある成分“テレピネオール”は強い殺菌効果を持っており、シロアリが最も苦手とするものです。さらに、ヒノキには白蟻が嫌うテルペン系のフィトンチッドが多く含まれており、これはカビやダニに対する繁殖抑制効果があることも知られています。
ヒノキの木屑の中ではダニが死滅することが実験により確かめられています。
五重塔の造り・それを支える心柱
法隆寺の五重塔も世界最古の木造建築であり、日本最古の塔です。
岡山県では備中国分寺の五重塔が有名ですが、明治以前に建てられた五重塔は全国に22あるとされています。
その中でも群を抜いて古いのが、この法隆寺五重塔。
五重塔はそもそも、仏塔の形式の一つで、 層塔と呼ばれる楼閣形式の仏塔のうち、五重の屋根を持つもののこと。
この5つの楼閣を、下から地(基礎)、水(塔身)、火(笠)、風(請花)、空(宝珠)といいます。それぞれが5つの世界(五大思想)を示し、仏教的な宇宙観を表しています。
五重塔とは釈迦のお墓であり、土台である礎石上部には、釈迦の遺骨が6粒納められていると言われています。党全体が、骨壺の上に立てられた墓標と見たてることができるでしょう。
前述で、法隆寺に使用されている木材は西暦650~690年代に伐採されたものが多く使われていると書きましたが、最も古いのは、この五重塔の中心を貫く「心柱(しんばしら)」で、なんと594年に伐採されたものだそうです。
独自の免震構造
五重塔は、独立した5層が下から積み上げられた構造で、各層が庇の長い大きな屋根を有しており、初重から五重までの屋根の逓減率(大きさの減少する率)が高く設計されていることが大きな特色です。
そして塔身もまた、下層から上層へいくにつれ細くなっています。
千年以上もの間、おそらく何度も地震にあったと思いますが、それでも倒れなかった秘密は、この構造と、塔の中心を貫く「心柱」にあると考えられています。
この心柱は、釈迦の遺骨を納めた地中の「心楚(しんそ)」から塔上部の「相輪(そうりん)」を繋ぐ太く長い柱です。 心柱は各層を構成する部材と切り離されています。これが地震に強い免震構造の最大のポイント。
各層を支えるのは心柱ではなく、最下層に設けられた4本の四天柱と12本の側柱。最下層の上にある4つの層は複雑な木組みだけで積み上げられている構造です。これで1200トンもの重さを支えているのです。
また、各層がガッチリ繋がっているわけではないので、地震の際には、上下に重なり合った各階がお互いに逆方向に横揺れします。
第一層が右に揺れると第二層は左というように各層がクネクネと動く。これは上の四層が固く固定されておらず、複雑な木組みで接合されているからです。このとき中央にある心柱が左右の揺れにぶつかることで制震(せいしん:揺れを減らすこと)の働きをします。
各層が揺れているときは、心柱も揺れており、それらが互いにぶつかることで、互いの揺れを打ち消し合い、崩壊するほどの横揺れを防ぐというわけです。
この構造と木組みによる接合、そしてそれを成し得た技術、そしてヒノキの耐久性、全てが合わさることにより、法隆寺は1300年以上もの時を経て、現代に残っているのです。
現代にも生きる耐震技術
この五重塔の免震構造は、あのスカイツリーの建築にも活かされています。
世界最大の電波塔・東京スカイツリーは、現代の日本を代表する高層建築物の一つ。
この制震機能に応用されたのが、法隆寺五重塔の心柱の構造です。
高さ634mというタワー内側には、直径8m、高さ375mの鉄筋コンクリート製の円筒(=心柱)が設置されています。この心柱は、地上125メートルまでは鋼材によってタワー本体(塔体)と固定され、そこから375メートルまでは塔体とは固定されず、オイルダンパーで接続されている可動域となっています。(オイルダンパーとは内部に油が入った筒型シリンダーで、心柱が揺れたときに、塔体にぶつからないようクッションのような働きをするもの。)地震や強風の際、心柱が本体とは違う動きをし、揺れを打ち消し合う。揺れを軽減する度合いは、地震で最大5割、強風で最大3割にも及ぶといいます。
パソコンも計算機もない時代に、知恵と技術の粋を集め造られた建造物。
先人が成した偉業に学び、現代の建築へと応用する技術者たちの仕事にも、ただただ感服するばかりです。