「毎日、忙しすぎる!」「最近、疲れが取れにくい」と感じていませんか?
「ストレスが溜まる」「よく眠れない」「気分が落ち込みやすい」——もしそんなふうに感じているなら、《森》に行くのも良いかもしれません。
日本には昔から、神社や寺院の「鎮守の森」や、山岳信仰の「修験道」のように、森とともに心を整える文化が根付いていました。
そして現代では、その癒しの効果が科学的に証明され、「森林セラピー」として注目を集めています。
木々の香りが漂い、鳥のさえずりが響く静寂の中、ふと心が落ち着く瞬間——
今回の記事では、森林浴が心と体に与える影響や、日本各地の森林セラピーの取り組みについて詳しくご紹介します。

まず、「森林浴(Shinrin-yoku)」という言葉は、1982年に当時の林野庁が提唱した概念で、単なる散歩ということではなく、「森の空気を感じ、心身をリラックスさせること」を目的としたものです。近年は「森林セラピー」として、科学的な根拠に基づいた療法として発展してきました。
皆さんご存知でしょうか?「過労死」という言葉は日本発祥。それほど現代の日本はストレス社会なんですね。
現代を生きる私たちにとって、ストレスを減らし心身の健康を守ることはとても大事で、その手段としても森や自然とのつながりが見直されています。
森林浴の科学的効果
「森の中を歩くと、なんとなく気持ちが落ち着く」そんなふうに思う方も多いでしょう。
実はこの感覚、単なる気分の問題ではなく、科学的にも証明されているのです。
免疫力を高め、病気に強い体に
森林浴をすると、体の中でナチュラルキラー(NK)細胞が活性化し、免疫力が向上することがわかっています。このNK細胞とは、ウイルスやがん細胞を攻撃する働きを持つ、いわば「体の防衛隊」。この細胞が活発になることで、風邪や病気にかかりにくくなるとされています。
実際に、森林セラピーの第一人者といわれる、一般社団法人日本森林医学会会長の李卿氏が行った研究では、2日間であわせて6時間森林の中を散策し、その前後で血液を採取して分析。
その結果、NK細胞の数が森林浴の後では平均で1.3 倍に増加しました。また、この細胞の働きの度合いを示す「NK活性」という値も17.3%から26.5 %に上がり、およそ1.5倍に高まったということです。他の研究では、その森林浴を3日間行った効果は1か月以上持続することも確認されました。
血圧や心拍数を安定させ、リラックス効果をもたらす
私たちの自律神経は、交感神経(活動モード)と副交感神経(リラックスモード)がバランスを取りながら働いていますが、ストレスが多いと交感神経が優位になり、心拍数が上がり、血圧も上昇してしまいます。日本医科大学の研究によると、森の中を15分歩くだけで血圧が6~7mmHg低下し、リラックスした状態に導かれることがわかっています。これは、木々が発する「フィトンチッド」という成分が自律神経のバランスを整え、副交感神経を優位にするためです。普段から緊張が抜けにくい、疲れやすいという方は、森の中でゆったりと深呼吸してみるだけでも、心身のリセットにつながるかもしれません。
ストレスを軽減し、心の安定をもたらす
筑波大学の研究では、森林浴をした後の唾液を分析したところ、ストレスホルモン(コルチゾール)が平均13.4%減少することが判明しました。また、スタンフォード大学の研究によると、森林での散策は、うつ症状を和らげる可能性があるとされています。自然の中で過ごすことは、単なる気分転換ではなく、ストレス対策として実際に効果的なのです。
集中力・創造力を高める「脳のリフレッシュ効果」
ミシガン大学の研究によると、自然の中で過ごすと注意力や集中力が約20%向上することが確認されました。これは、森林の中では脳の「前頭前野(思考や判断を司る部分)」の過度な働きが抑えられ、リフレッシュされるため。実際に、都会の雑踏の中よりも、森の中で勉強や仕事をすると効率が上がるという研究結果もあります。
最近では、企業研修の一環として「森林ワークショップ」や「森の中でのワーケーション(Workation)」を取り入れる企業も増えています。都会のオフィスを離れ、自然の中でアイデアを出し合うことで、創造力が高まると実証されているからです。
このように、森林浴には免疫力向上、血圧安定、ストレス軽減、集中力向上など、私たちの心と体にさまざまな恩恵をもたらします。
まさに、「森は最高の癒し空間」であり、「予防医学」としても価値も高い場所なのです。

日本各地の森林セラピーなどの取り組み
ここからは実際に森林セラピーを体験できる場所や、独自の取り組みなどをご紹介します。
日本の森林セラピーでは、「森林セラピー基地」という認定制度があります。これは、NPO法人「森林セラピーソサエティ」が認定するもので、「科学的な検証に基づき、リラックス効果や健康増進効果が確認された森林エリア」を「森林セラピー基地」として指定。2024年現在、全国に63カ所の認定エリアがあります。
◆ 長野県・飯山市「なべくら高原・森の家」
長野県北部、飯山市にある「なべくら高原・森の家」は、標高約1,000mに広がるブナ林が特徴の森林セラピー基地。四季折々の自然が楽しめるほか、森林ガイドと共に歩く「セラピーロード」や、アロマテラピーと組み合わせた森林浴など、リラックス効果を高めるプログラムが用意されています。
🌿 公式サイト:https://www.nabekura.net/
◆ 和歌山県・高野町「熊野の森セラピーロード」
世界遺産・熊野古道に近いこのエリアでは、主に古来から参詣の道として使われてきた古道を辿るルートが楽しめます。森林浴の後、近くの温泉に浸かることもできるので、血流が促進され、さらなるリラックス効果が期待できます。
特に、熊野本宮大社の奥にある「大斎原(おおゆのはら)」は、神秘的な雰囲気が漂う場所として、訪れる人々に癒しを与えています。
🌿 和歌山県公式観光サイト:https://www.wakayama-kanko.or.jp/
海外の事例
森林セラピーは、日本だけでなく世界各国で研究が進められています。特に、北欧やアメリカでは、政府や医療機関が積極的に森林浴を推奨し、心身の健康向上に活用する動きが強まっています。
◆ 韓国:「国を挙げた森林療法」
韓国では、「森林福祉法」を制定し、全国に37か所の森林療法センターを設置。医師や専門セラピストが森林浴を医療に取り入れ、ストレス管理や慢性疾患の治療を行っています。
🌿 代表例:「国立チリサン森林療法センター」
医師が監修した「メンタルヘルスプログラム」が実施され、うつ病患者やストレス障害を持つ人々のリハビリにも活用されている。
森林浴+ヨガ、アロマセラピーなど、多様なセラピーを組み合わせた療法が特徴。
◆ アメリカ:「医師が森林浴を処方する」
アメリカでは、「自然処方箋(Nature Prescription)」として、森林浴が治療法の一環に。医師が患者に「森で過ごす時間」を処方するケースがあるそうです。

日本と森の文化の歴史
近年の事例や取り組みを紹介してきましたが、実は森林セラピーは決して最近の概念とも限りません。
実は、日本人は古くから森と深く関わり、その中で「心を整える文化」を築いてきました。神社や寺院の「鎮守の森」、山岳信仰の「修験道」、そして茶道や日本庭園における「露地(ろじ)」の概念——これらはすべて、森と共に生きてきた、日本独自の文化と言えます。
自然や森との関わりは、昔から私たちの暮らしに根付いていたものだったのです。
鎮守の森:神が宿る森で心を整える
日本各地の神社の周囲には、多くの場所に「鎮守の森(杜)」があります。これは、神社(鎮守神)に付随して境内やその周辺に、神殿や参道、拝所を囲むように設定・維持されている森林のこと。
現代において、神社の御神体は本殿や拝殿など、注連縄の張られた「社」であり、それを囲むものが鎮守の森であると理解されていますが、神道の源流である古神道には、神籬(ひもろぎ)・磐座(いわくら)信仰があり、森林や森林に覆われた土地、山岳・巨石や海や河川など自然そのものが信仰の対象になっていました。神様の依り代となるものとも言えますね。
森は単なる木々の集まりではなく、神聖な空間であり、心を清める場所。参拝者は、森の中を歩きながら心を落ち着け、神と向き合う準備をするのです。

修験道と山岳信仰:森の中で精神を鍛える
修験道とは、古代日本において山岳信仰に仏教等の要素が混ざりながら成立した、日本独自の宗教・信仰形態。山へ籠もって厳しい修行を行うことで悟りを得ることを目的としています。修験道の修行者(山伏とも呼ばれる)は、山や森の中を歩きながら、自らの精神と向き合い、心を研ぎ澄ませてきました。
日本各地の霊山を修行の場とし、深山幽谷に分け入り厳しい修行を行うことによって、功徳のしるしである「験力(げんりき)」を得て、衆生の救済を目指す実践的な宗教でもあります。
修験道の修行は、まさに“究極の森林セラピー”とも言えるかもしれません。

茶道と露地:日本庭園は“人工の森”
茶道には「露地(ろじ)」と呼ばれる庭の空間があります。これは、茶室へ向かう際に通る小道であり、まるで森の中を歩いているような感覚を生み出す設計になっています。
茶道では、露地を歩くことで日常の喧騒を忘れ、心を整えた上で茶室に入るとされます。これは、現代の「森林セラピーでリラックスする」ことと同じ原理です。
京都:大徳寺の茶庭:千利休の「侘び茶」の精神が息づく場所。静寂の中で心を落ち着ける空間。
東京:八芳園の日本庭園:都会の中にありながら、森を再現した庭園が広がる。

森林セラピー入門ガイド
ここまでのご紹介で、「森林セラピー」に行ってみたいと思った方も多いのでは無いでしょうか。
実は、特別な装備や遠出をしなくても、身近な自然の中で簡単に森林セラピーを実践することができます。ここでは、初心者でもすぐに試せる森林セラピーの方法を紹介します。
① まずは「ゆっくりと歩く」ことから
森林セラピーの基本は、「森の中をただ歩くこと」。特別な運動は必要ありません。ポイントは、「早歩きをしない」ことです。
《実践のポイント》
✅ 歩くペースは「のんびり」と。
✅ 目的地を決めず、気の向くままに歩く。
✅ 足元の土や木の根の感触を楽しむ。
② 五感を研ぎ澄ます「マインドフルネス森林浴」
森林セラピーをより深く楽しむためには、五感を意識することが大切です。
五感を使った森林セラピーの実践
目:木漏れ日や葉の色をじっくり観察する。
耳:鳥のさえずりや風の音に意識を向ける。
鼻:木の香りや土の匂いを感じる。
手:木の幹や葉っぱに触れ、温度や質感を確かめる。
味覚:森林の湧き水や、ハーブティーを楽しむ(安全な場所で)。
たとえば、目を閉じて深呼吸をしながら、森の音や香りに意識を集中させるだけでも、リラックス効果が高まります。
③「デジタルデトックス」をして、自然に集中する
スマホやSNSの通知に囲まれた日常では、意識が常に何かに向けられ、脳が休まる時間がありません。
デジタルデトックスの方法
✅ 森に入る前にスマホを機内モードにする。
✅ できるだけ時計も見ず、「時間に縛られない時間」を過ごす。
✅ 自分の呼吸や心の動きに集中する。
森林の中にいる際は、スマホを使わないこと。五感が研ぎ澄まされ、より深い森林セラピー体験ができます。

森林セラピーは、難しいものではありません。
週末に森を訪れるのもよし、毎日の散歩コースを公園に変えるのもよし。
あるいは、ヒノキのアロマを焚いたり、木製の家具に触れたりするだけでも、私たちは自然の癒しを感じることができます。
あなたなら、どんなふうに森林セラピーを日常に取り入れますか?
まずは、自分に合った方法を一つ、試してみてください。