日本の原風景とも言われる「里山」。
そもそも里山とは、集落や人里に隣接したところにあり、人間の影響を受けた生態系が存在する山のこと。原生的な自然と都市との中間に位置し、集落とそれを取り巻く二次林、山林やそれらに混在する農地、ため池、草原などで構成される地域のことを指します。
人が長い年月をかけて利用し干渉することでできた自然であり、最近のイメージでは、人と山や森、田畑などの自然が共存している地域の総称というイメージも浸透しています。
里山はかつて、人々がその恩恵を受け、薪や炭、肥料として利用するものを山からいただく、というように「人と自然の共生の場」でした。日本の風土と人々の暮らしを支える身近な自然として長い歴史を持っているのです。
しかし近年、過疎化や高齢化によって放置された里山が増加。生態系や景観の悪化が進んでしまっています。
そもそも、里山はなぜ大切なのか
「里山」という言葉からは、「守らなければならない大切な場所」というイメージを思い描く方も多いかもしれません。
そもそも、なぜ里山は大切なのでしょうか。
その理由は、里山が持つ様々な多面的機能にあります。
生物多様性の保全
里山は、人間の手が適度に加わった自然環境で、伝統的な農業や林業などを中心とした持続可能な土地利用によって形成されてきました。このような環境は、森、草地、水田、小川、ため池など、多様な生態系がモザイク状に存在するため、多種多様な動植物の生息地となっているのです。適度な人間の活動によって、里山は「中間的な自然」として維持され、生物の住処となっています。
《生息空間の多様性》
里山の多様な環境(例:草原や林縁部、湿地、疎林)が異なる生態的ニッチを提供し、生物多様性を支えている。
《生態系サービスの提供》
例えば、里山に植えられた薪炭林(スギ、ヒノキなど)は昆虫や鳥類の隠れ家として利用され、ため池や小川はカエルやメダカなど水生生物の繁殖場にもなる。
上記のように、里山は都市化や大規模農業の拡大によって失われつつある自然の一部を補完し、生物多様性の維持に欠かせない場となっています。
日本固有種や絶滅危惧種が生息する環境
里山は、日本特有の生態系が育まれる場所であり、多くの日本固有種や絶滅危惧種が存在します。日本は島国であるため、固有種の比率が高く、これらの種の保護には特に注意が必要です。里山はその「避難所」として機能しています。ある調査によると、日本で絶滅の恐れのある動植物が集中する地域のうち、およそ6割が里山に分布していると言われています。
《日本固有種》
固有種とは、その地域にしか存在しない生物のこと。例えば、「ニホンザル」や「ホンドタヌキ」「ニホンリス」といった哺乳類など。これらの動物は、里山の森林や田畑周辺を利用して生息している。
《絶滅危惧種》
環境省のレッドリストに掲載されている種の中にも、里山環境に依存しているものが多く含まれる。湿地や水辺を好む「トウキョウサンショウウオ」や、草地を好む「ギフチョウ」。身近なところで言うと「メダカ」や「トキ」なども。
人間の適度な管理が行われてきた里山は、これらの種の生存にとって理想的な環境となります。しかし、近年では里山の放棄や都市化が進み、生息環境が失われることで、これらの種が危機にさらされています。
農林業の拠点
伝統的に地域の人々の生活に密接に結びついてきた農林業の拠点とも言える里山。地域住民が手入れをすることで、農地や森林の資源が持続可能な形で活用されてきました。
《木材の供給》里山の森林では、薪炭林(クリやコナラなど)や植林されたスギ・ヒノキが伐採され、建材や燃料として利用されてきた。特に、地元産の木材は輸送コストが低く、地元経済を支える重要な資源となる。
《農作物の生産》 里山の斜面や平地で育てられる作物は、地域の気候や土壌条件を活かしたもので、米、野菜、果樹(柿、栗など)、さらに地域特有の山菜やキノコなどが挙げられる。
例えば木材では、 岐阜県・飛騨地方の里山の木材を使った「飛騨家具」が全国的に知られています。 地元の木材や竹を利用した工芸品や雑貨は、地域の文化や自然の魅力を伝える商品として人気を集めています。
また農作物の例では、岡山県の「山ぶどう」。 また、長野県の「棚田」で栽培される米は、里山の水資源を利用した高品質なブランド米として評価されているそうです。
また最近では、資源を活用した新しい商品(地元産のクラフト品や食品)に注目が集まっています。
大分県では、竹を使った「別府竹細工」が伝統工芸品として知られています。
岩手県葛巻町の里山では、収穫される山ぶどうを使ったワインが地元の特産品として有名。宮崎県の里山で栽培された原木シイタケをスナックとして加工した商品が全国に出荷されるなど、伝統的な活用法に加え、現代のニーズに合わせた付加価値の高い商品がどんどん生まれています。
このように、里山が農林業の拠点となることは、持続可能な地域経済の創生にもつながります。地元産の木材や農作物、クラフト品・食品がヒットすることは、地域経済の活性化と雇用創出に。また、地域で生まれたものを地域や近隣エリアで活かすことは、地産地消の観点からも十分なメリットがあり、輸送コストの削減、ひいては環境負荷の低減にも貢献します。
森林資源を活用した商品は、里山文化の価値を再認識し、伝統的な知識や技術の継承を促します。
つまり、里山は単なる生産拠点という位置付けを超え、地域のアイデンティティを象徴する場としての役割を果たすと言っても過言ではないでしょう。
観光資源としての可能性
里山は、自然と人間の営みが調和する美しい景観と文化を有しており、観光資源としても高い可能性を秘めています。その独自性と多様性は、持続可能な観光(エコツーリズム)や地域活性化の拠点として注目されています。
自然体験など
《エコツーリズム》 里山の生態系や文化を体験しながら、自然の保護意識を高める観光活動が増加している。山菜採り、キノコ狩り、自然観察などが人気。
《農村体験》棚田での稲刈り体験、畑での農作業体験、果樹園での収穫体験を提供。
《里山トレッキングやバードウォッチング》里山の景観や多様な生態系を活かしたトレッキングや野鳥観察は、自然愛好家にとって魅力的である。
文化体験観光の場
里山には、地域独自の文化や伝統が根付いており、これらを体験する観光もインバウンドも相まって人気が高まっています。
《伝統工芸や郷土料理》地元産の竹や木材を使った工芸品づくりや、里山特有の郷土料理(山菜料理、囲炉裏での炭火焼きなど)の体験など。
《祭りや行事への参加》里山の神事や収穫祭は、地域文化を感じられる貴重な体験であり、観光客と地域住民を結ぶきっかけにもなっている。
もともと、里山の静かな環境や美しい景観は、心身を癒すウェルネスツーリズムの場としても人気が高く、消費活動が「モノ」より「コト」へと変化した現代社会において、ますます需要は高まっています。
全国で行われる里山再生プロジェクト
ここでは、日本の各地で行われている里山の再生プロジェクトについて紹介します。
京都府:里山再生プロジェクト
京都府の南西に位置する長岡京市では、竹林や森林整備を通して、水・土・空気を生き生きとさせることで生物の多様性を維持することなどを目的に「四季を感じられる山」「子どもや市民が魅力を体験できる山」を目標に活動中です。
放置竹林の整備において最大の課題は古竹の処分。その場で燃やすことのが一番容易で手間も省けるが、火災や公害の危険があるため、避けたい。そこで新しい処分方法として、竹を粉砕するチッパーを導入。竹チップを作り短期に腐らせ、それを土壌改良材として使うことを試行している。
さらに竹を有効活用する手段として、竹炭、竹ポット、七夕、竹灯り用の竹筒や竹材などを提供。さらに小学生の放課後授業「すくすく教室」でも子供達に筍堀の体験をしてもらい、親子で楽しみながら自然環境の勉強をしている。
やまがた絆の森
山形県では、森林の保全や活用を通して企業の皆様と地域の方々が絆を深め、地域活性化に 結び付く「やまがた絆の森づくり」を進めています。 県・企業・森林所有者が協定を結び、その協定に基づく森づくり活動を実施。森林の整備や利活用を推進するというプロジェクトです。
現在36地区で活動が行われています。
しんきん結の森・ぐるっと花笠の森【新庄】
森づくりによる二酸化炭素削減の推進・地域活性化等を目的として6団体の間で協定を締結。
地域住民、企業が気軽に森づくりを行い、 活動成果を実感できる仕組みを構築するために共にコンソーシアムを形成し、活動している。
美濃加茂市里山再生プロジェクト
美濃加茂市では、昔からの山の姿を取り戻し、本当の里山の魅力を再生することをめざし、千年経っても変わらない風景を残す「里山千年構想」を策定しています。
「里山千年構想」とは、失われた里山や資源を取り戻し、新しい技術も取り入れながら、未来永劫に変わらぬ美しいふるさとの風景を残していくための基本的な考え方を示したもの。ここで目指す里山の姿とは、人の手が入らなくなったことで荒廃が進んできた美濃加茂市の里山を、昔の里山風景に再生・継続させながら、先進的な技術を取り入れ、里山の資源を生かす「新時代の里山」である。
この新時代の里山をつくっていくにあたり、人材育成・資源活用・里山活用、という3本の柱を制定。
例えば、里山整備に関心のある人を対象に、「里山整備講座」を開催し里山整備のノウハウを体験を通して学んでいる。地域住民や里山整備ボランティア等が協働して里山を維持管理する仕組みづくりができるよう、講座を通して里山整備の大切さを伝えつつ、受講後にも整備を行っていけるよう活動をしている。
その他にも、地域によって様々なプロジェクトが進行しています。
全国で里山の価値を見直し、再生しようという機運が高まっているのですね。
里山は、過去から未来へと受け継がれる貴重な財産。その可能性を活かすのは私たちの手にかかっているのかもしれません。