NEWS&TOPICS

新着情報

WEB MAG #24 木と音の関係

楽器の素材として、あるいはホールの壁や床材として   木材は昔から音に深く関わってきました。
私たちがよく耳にする“心地よい音”の多くは、実は「木」が関わっていることが少なくありません。

楽器の世界では、バイオリンやギター、ピアノなど、木材でできたものが今もなお主流です。コンサートホールにも、石と並んで木材が使われてきましたし、現在でもヨーロッパには、木造のコンサートホールやオペラハウスが数多くあります。
音楽ホールや学校の音楽室、オフィスや住宅など、建築空間の「音響」設計にも、木のちからが活かされています。


では、なぜ木は“音と相性が良い”のか。
そして、建築やものづくりの分野では、どのように木の音響特性が活かされているのでしょうか?

木と音の深い関係をたどりながら、楽器から建築音響、そして空間デザインに至るまで、さまざまな場面で活躍する「音を奏でる木」の魅力を探っていきます。


なぜ木は「音」と相性がいいのか?

木材は、ただ“柔らかくて温かみのある素材”というだけではなく、音に対しても非常にユニークな性質を持っています。楽器やホールの材料として重宝されてきたのには、きちんとした「音響的な理由」があります。

音を育む「振動」「音速」「減衰」の絶妙バランス

木が“音にいい”素材だと言われる理由には、いくつかの物理的な特徴が関係しています。これは楽器づくりにおいてだけでなく、建築音響の分野でも共通する要素があります。


よく響き、ちょうどよく吸収する素材

音は「空気の振動」ですが、モノに当たるとそのモノも微細に振動します。木は、この振動の伝わり方が絶妙なのです。

例えば、金属やガラスのように硬い素材は、音を鋭く反射しますが、響きすぎて耳障りになることも。
一方、カーペットや布は音を吸収しすぎるので、こもったような音になります。この適性から吸音材として使われることも多いですね。

木材はその中間にあり、「響き」と「吸収」のバランスがちょうどいいのです。特にスギやヒノキ、スプルースなどは、
・軽さ(密度)
・繊維方向の柔軟性
・適度な内部摩擦(=減衰)
という特性があり、温かみのある音響空間をつくり出してくれます。

たとえば、〈吸音率〉(※)という指標を見ると、スギやヒノキなどの柔らかい木材は、0.1〜0.3と中程度の吸音性をもちます。これは、音をほどよく吸収しながらも、反射音に“まろやかさ”を与えるのに適した値です。

また、楽器に使われる木材は〈ヤング率〉(※)が高く内部損失が少ないという特徴があります。
つまり、振動が速く伝わって減衰しにくい——そのため、豊かで持続する音が生まれるのです。

※吸音率とは…..音エネルギーのうち、どれだけが素材に吸収されるかを示す指標(0〜1の値)。
木材の場合:柔らかい木(例:スギ、ヒノキ):0.1〜0.3(中高音域)
      固い木(例:ナラ、カエデ):0.05〜0.15(中音域)
比較:コンクリート:約0.01(反射性が非常に高い)
   カーペット:約0.4〜0.6(吸音性が高い)
特徴:木材は「吸音しすぎず、反射しすぎない」中庸な特性が、音響に最適とされる。

ヤング率(縦弾性係数)と内部損失係数(Q値)
※ヤング率とは……材料の「固さ」を表す数値。正式には「縦弾性係数」と呼ばれ、〈材料に力を加えたとき、どれくらい変形しにくいか(弾性の強さ)〉を表す。
木材にもヤング率がありますが、繊維方向(縦方向)と横方向でかなり違うのが特徴です:
繊維方向(縦方向):比較的高いヤング率 → 音の伝播が早く、よく響く
横方向:低いヤング率 → 柔らかく、吸収しやすい
この“方向によって性質が違う”という特徴が、木材が音に対して「よく響き、ちょうどよく吸収する」理由のひとつになっています。

つまり、硬い木(カエデ、スプルースなど)はヤング率が高く、高音がよく響くということ。
内部損失(Q値)とは、振動のエネルギーがどれくらい減衰するかを示すものですが、
Q値が適度に高い木材(例:スプルース、シトカマツ)は音が減衰しにくく豊かに響くのです。


音速がちょうどいいから「豊かに響く」

木が「音に向いている」と言われる理由のひとつに、音が木の中を伝わる速さ(音速)があります。

音は、空気や水、金属など、さまざまな素材の中を「振動」として伝わります。このときの「音の伝わる速さ」は、その素材の密度や弾性(固さ)によって決まります。

たとえば  
空気中の音速:約340 m/s
水中の音速:約1,500 m/s
金属(鋼鉄):約5,000 m/s
木材(種類にもよる):約3,000〜5,000 m/s(方向により変わる)

木材は、「空気より速いけど、金属よりは遅い」ちょうどよいスピードで音が伝わります。
この“中くらいの音速”が、音を適度に引きのばして、豊かであたたかい響きにする秘訣です。

音の「減衰」と「共鳴」

金属のように音速が非常に速いと、音の伝わり方もシャープでクリアになりますが、響きが早く消えてしまう(=減衰が早い)ことも。
一方、木は
・振動がほどよく続く
・音のエネルギーを柔らかく分散させる
といった性質があり、「ほどよい響きの伸び」を作るのに適しています。

音楽器に使われる木材の種類と音速

たとえば、バイオリンやギターには次のような木がよく使われます。
これらはすべて、音速と減衰のバランスが絶妙な素材。楽器製作の現場では、木の「方向(繊維の流れ)」によって音速が変わることも考慮され、1本1本が選び抜かれています。

木材の種類特徴音速(m/s)
スプルース軽くて弾性が高く、表板に最適約4,000〜5,000
メイプル硬く、裏板や側板に使われる約3,500〜4,000
ローズウッド重厚で低音の響きが豊か約3,000〜3,500


楽器と木材

楽器の材料に使われる木

楽器の材料として、木は何百年も前から使われ続けています。たとえばバイオリンでは「スプルース(トウヒ)」と「メイプル(カエデ)」の組み合わせが定番。これは、18世紀のストラディバリウス(※)から現代の楽器まで、驚くほど一貫しています。

スプルースは軽くてよく響き、高音の繊細さを引き出す素材。対するメイプルは硬く、音の輪郭をしっかり保ちます。この組み合わせが、豊かでバランスの取れた音を生み出しているのです。

※ストラディバリウスとは………
ストラディバリウスは、17〜18世紀のイタリア・クレモナで活躍した弦楽器製作家アントニオ・ストラディバリとその息子たちによって製作された弦楽器の総称。バイオリンを中心に、チェロ、ビオラ、マンドリンなども手がけられたという。現存するストラディバリウスは約700挺で、そのうち600挺以上がバイオリン。その高い品質と希少性から、数億から十数億円で取引されると言われている。

ストラディバリウスの価値が非常に高い理由
歴史的背景:ストラディバリウスは300年以上前に製作され、現在でも演奏可能な状態で残っていること自体が非常に稀であり、歴史的価値が高いとされている。
音色の特徴:バロック音楽の時代背景を反映し、大きな舞台でも美しい音色を届けられるよう改良されたストラディバリウスの音色は、「ダイナミックで優雅」「パワフルで奥深い」と評価されている。
使用された木材:小氷期と呼ばれる気候条件の中で育った木材を使用しており、その年輪の密度や幅が一定であることが、独特の音響特性に寄与しているそう。
希少性:現存するストラディバリウスは限られており、その希少性が価値を高めています。

これらの要素が組み合わさり、ストラディバリウスは数億円で取引されることも。その価値の高さは、単なる楽器としてだけでなく、歴史的・文化的な遺産としての側面も持ち合わせている。

楽器ごとに“いい音”の定義が違う

「いい音」は楽器によって少しずつ違います。たとえば…

バイオリンやギター:倍音を多く含む柔らかく伸びやかな音が理想
マリンバや木琴:打撃音がはっきりと響く明瞭な音が求められる
尺八や和太鼓:日本の伝統楽器では、木の質感や湿度との相性が重要
このように、目的に合わせて木材の種類、加工、乾燥方法までが細かく調整されます。まさに「音をつくる職人芸」です。

楽新素材が続々出現しても、なお選ばれる「木」

現代ではカーボンや合成樹脂といった新素材も登場していますが、それでもなお木が選ばれ続けているのはなぜでしょうか?

答えの一つは、音色の“温かさ”や“人間らしさ”。木材は微細なゆらぎ(不均一さ)を含むため、完璧に均質な人工素材では再現できない「表情のある音」が生まれます。
さらに、木は経年変化によって音が「熟成」することでも知られています。使い込むほどに音がなじんでいくこの特性も、木の魅力の一つです。


木造建築と音響設計:耳にやさしい空間づくり

音楽ホール、図書館、学校、住宅…。こうした空間の心地よさは、見た目のデザインだけでなく「音の響き」からも生まれています。
実は、《木材は“視覚的にも聴覚的にも落ち着く素材”》として、建築音響の分野でも高く評価されています。
特に木造建築は、音の反射を柔らかくし、高音の尖った成分を吸収してくれる上に中低音をほどよく残すといった特性により、「反響しすぎない、でも聞き取りやすい」空間を実現しやすいと考えられています。

コンサートホールに使われる“響板”としての木

世界の有名ホールの多くでは、ステージ背面や天井、壁に木材が多用されています。

例えば
サントリーホールの大ホールは、木材の特性を巧みに活かした音響設計により、「世界一美しい響き」と称される音楽空間を実現しています。特に、壁面にはウイスキーの貯蔵樽にも使用されるホワイトオーク材が用いられ、床や客席の椅子背板にはオーク(楢)材が採用されています。これらの木材は、音を適度に反射しながらも過度な響きを抑える性質を持ち、ホール全体に温かみのある音響をもたらしています。

また、ホールの形状は日本初のヴィンヤード形式を採用し、客席が段々畑状にステージを囲むことで、音が均等に行き渡る設計となっています。側壁を三角錐とし、天井を内側に湾曲させることで、客席の隅々まで理想的な反射音を届ける構造が実現されています。これにより、演奏者と聴衆が一体となった臨場感あふれる音楽体験が可能。

さらに、サントリーホールはその音響特性として、「余裕のある豊かな響き」「重厚な低音に支えられた安定感のある響き」「明瞭で繊細な響き」「立体感のある響き」の4点を目標に掲げており、満席時の中音域での残響時間は2.1秒となっています。これらの特性は、木材の持つ音響性能とホールの設計が相まって実現されたものであり、サントリーホールが「音の宝石箱」と称される所以となっています。

引用:https://www.suntory.co.jp/suntoryhall/facility/hall.html


住宅や学校でも活きる木の“音響性能”

音響設計というと大規模ホールの話に思えますが、日常空間にも木の力は有効です。
木造住宅:フローリングや天井材に木を使うことで、生活音が柔らかくなり、居心地の良さが増す。
幼稚園・学校:子どもの声や足音が響きすぎず、集中できる環境づくりに。
オフィス空間:吸音パネルに木材(木繊維や木毛セメント板)を使う事例も増加中。

近年は、“音環境をデザインする”という考え方が建築の標準になりつつあります。
木は、その中で自然なやさしさを添える素材として再評価されているのです。


テクノロジーと木材の融合も進む

近年、音響性能の高い木造空間づくりを支える技術が急速に進化しています。その代表が「音響解析」と「高精度加工技術」の融合です。

たとえば、建築音響の設計においては、室内の残響時間や音の拡散特性をコンピュータ上で事前にシミュレーションすることが可能になっています。音楽ホールであれば、理想的な残響時間は1.8〜2.2秒(満席時)とされており、木材の持つ柔らかい反射性を活かしてこの数値に近づける設計が行われます。

また、木材の音響特性は木の種類・密度・繊維方向によって異なります。たとえば、スプルース材はヤング率が約10 GPaと比較的柔軟で、音の振動をよく伝える特性があるため、建築音響の内装材としても注目されています。

そして、その性能を最大限に引き出すために、CNC(コンピュータ数値制御)加工や3Dプリント技術が活用されるようになってきました。これにより、音の拡散効果を持つ複雑な形状のパネルや、多孔質構造による吸音材が高精度に製造可能となっています。

さらに、AIやIoT技術の進化によって、建物内の音響状態を〈リアルタイムでモニタリングし、調整する「スマート音響空間」〉も実現しつつあります。これにより、木材の自然な音の響きを活かしながら、用途や時間帯に応じた最適な音環境が構築できるのです。

響きは、木とともに未来へ

木材は、音をやさしく伝え、必要に応じて吸収するという、音響素材としてのバランスの良さを備えています。
この性質は、楽器づくりや建築設計など、音の質が求められる現場で長く重宝されてきました。

特に建築分野では、木の音響特性を科学的に解析し、音響シミュレーションや測定技術を活用することで、より精度の高い空間設計が可能になってきています。
木の自然な性質とテクノロジーを組み合わせることで、音響性能と居心地の良さを両立した空間づくりが進んでいます。

今後、学校や劇場、オフィス、住宅といったさまざまな建築においても、耳にやさしい空間の重要性は増していくでしょう。
そうした中で、木材は“再生可能で、感覚に寄り添う素材”として、選ばれる場面がさらに広がると考えられます。